私の活動は「自分自身」のため

人の役に立つ楽しさと自分の成長にやりがい

⻑野県⾚⼗字救護隊 北信⽅⾯隊副隊⻑
清水 啓二さん

Q.⻑野県⾚⼗字救護隊とはどのような団体ですか?

1986(昭和61)年に災害時の救護と救急法の普及を目的に設立された、赤十字のボランティア団体です。

地震、水害、火山噴火等の災害発生時に、医師・看護師などの医療救護班、警察、消防などと協力し、救護活動の後方支援を行います。具体的には、被災地の現場で患者さんが出た場合、応急手当の後、医師につなぎ、通信で搬送先を決め、患者を連れて行く。また医師から、これをやってほしいと要請されることも多いですね。また医療関係のニーズだけでなく、行政との橋渡し、本部との通信・連絡など、その場その場でできることをします。過去には、新潟中越地震や東日本大震災、岡谷市や北信地域での水害などにも出動しているんですよ。

また平時には、県内の大きなイベントなどで参加者や観客の救護、事故防止のお手伝いをしていて、今年は、長野市の善光寺御開帳で仲間たちが活躍しています。

Q.救護隊員の活動について教えてください。

救護隊員になるための条件は、一次救命処置やきずの手当の仕方などの知識と技術を学んだ赤十字の「救急法救急員」資格を持っていること。これは、3日間の講習を受けて検定に合格すると取得できる資格です。さらに救急法の普及に携わることができる「救急法指導員」資格を持っている隊員も多いですね。

隊員は全員がボランティア。会社員、会社経営者、福祉職員、タクシー運転手、農業、公務員など、他に仕事を持ちながら、自分の時間をやりくりし、できる時にできる活動をしています。もちろん、報酬は一切ありません。救護の活動がしたい、人の役に立ちたいという前向きな気持ちで集まっています。長野県内には東信・北信・中信・南信の各地域に方面隊があり、それぞれの地域特性に合わせて活動方針を定め活動しています。

災害現場等に行く時は、基本的に4人一組(一個班)で。派遣する隊員の人選は一人ひとりの体調なども考慮して慎重に判断し、現場での配役にも気を使います。隊員によっては体力的に辛い現場もあるので、例えば本部で無線機を担当するなど、みんなで支え合いながら活動しています。

欠かさずに持ち歩く救急バッグは、その時の状況に応じてリュックにも手持ちにも変形可能。

Q.どうして隊員になろうと思ったのですか?

長野県の危機管理部に勤務していた当時、消防、警察、自衛隊、赤十字、電力会社、NTT、JRなどの皆さんと一緒に仕事をしていました。そのときに、住民の生命・財産を守る仕事は何事にも代えがたいものだ、と強く感じたのです。

もっとも当時は、危機管理部の本業の仕事で手一杯。ボランティアをする余裕はありませんでした。しかしその後、部署が異動になり、比較的時間が取れるようになったのを機に救急員の資格を取得。さらに2003年2月、救急法指導員資格も取得し、同年4月に⻑野県⾚⼗字救護隊へ入隊しました。

入隊してまず感じたことは、行政の仕事と、ボランティアとしての活動はかなり違うということ。「もっと早く救援活動をしてほしい、血の通ったサービスをしてほしい」という被災者側の気持ちや目線がよく分かるようになりました。ただし、お金のことや全体を見て公平性を重視する“行政の目線”も、それはそれで必要。でも、私はそういった“行政の目線”でしか災害現場を見ていなかったなと、すごく反省しました。なので、県職員OBになった今でも当該部署に顔を出したときは、後輩たちに私が経験したことを話しているんですよ。

Q.ボランティアで特に思い出に残っていることはありますか?

新潟中越地震(2004年)の被災地に行った時のことです。息子や孫たちは被災した家の片付けに出かけてしまい、避難所にぽつんと一人でいるおじいさんがいました。私はおじいさんの話し相手になって一日過ごしたんです。

おじいさんは「家がこんなになってしまって困る」としきりに心配していました。私は、おじいさんの話に耳を傾けるとともに、被災者生活再建支援法で支援金が出るから、落ち着いたら役所で申請すればいい、というような話もしました。その法律についてもよく知っていましたから。おじいさんも少し安心したようでした。

相手の話をしっかり聴いてあげることで、相手の心が軽くなったり、気持ちの整理がついたりする「傾聴ボランティア」というのがあります。今思えば、私はこれをしていたのかな。これもまた救護隊の仕事なんだと思います。

もうひとつは、東日本大震災が起きた年の8月、日赤の看護学生たちを連れて宮城県にボランティアに行った時のこと。現地のボランティアセンターでニーズを聞き、被災者宅の草むしりや掃除などを行いました。その後の反省会で、一人の学生がこう話しました。「本当は医療ニーズがあればと思ったのですが、被災者のニーズに応えることがボランティアの仕事であり、自分たちがやりたいことをするのではない、ということがよく分かりました」

まさにその通り、それこそがボランティアだと思うのです。被災者のニーズに合わせて、我々にできることを何でも“やらせていただく”。それが救護隊員としての私の信条でもあります。

Q.活動の原動力となっているのは?

医師、救護班、被災地の警察・消防・自衛隊に協力して、我々のような一般人にもできることがある。いろいろな人との出会いもあり、勉強にもなる。やらせてもらったことが、仕事や、他のいろいろな場面で役立つことも多く、自分の成長を実感する。それらは全てやりがいです。

また救護所でお世話をして「ありがとう」と言われた時は本当にうれしいです。でも、それだけじゃない。ボランティアとして活動すること、そのこと自体が楽しく、面白いんです。こんな経験をさせてもらってありがとう!そんな感じですよ(笑)。人の役に立つことをすること、つまり“人のため”が、結局は“自分のため”なんです。

だから、ボランティアに興味を持っている人がいたら、自分がやれる時に、やれることをやってみてほしいと思います。実際にやってみると、感じることはたくさんあるし、それがすべて自分のためになるんですから。

長野県⾚⼗字救護隊に参加し、ボランティア活動をして20年。私は本当にありがたい経験をさせてもらっていると思っています。これからもカラダが動く限り続けていきたいですね。